西表島の思い出・・・ピナイサーラ~テドウ山~浦内川ウロウロ with Junさん
旅はすべて夢で見る妄想と現実のせめぎ合いのようなものである。
寒くなり、沢登りが鳴りを潜める冬の時期、西表島や台湾などといった、遠い南方の地に馳せる妄想は募るばかりである。台湾、ひいては海外には行きたいが・・・、現実には不足しているものが多すぎだろ。そこで様々な妄想は西表島の旅にむかって収斂していく。地形図をえんえんと眺める日々。
東から西へ、古見から白浜までの横断遡下降のルートどりを決めた。なかでも行きたいなぁと思っていたのは、浦内川中流部左岸の支流のギンゴガーラである。なんでかというと、横断遡下降にちょうどよいルートだったこともあるが、それより何より、シンプルにインスピレーションである。ギンゴガーラ・・・。なんだか想像力をかきたてられる、ワクワクする響きじゃないか。ガーラは川の意味で、ギンゴは・・・・・なんだっけ、忘れた。
そしてギンゴガーラの源頭は、波照間森という447.3mピーク。これは西表島第二の標高である。しかしながら、波照間森付近はツルアダンなどの熱帯性植物が密集しており、山頂にたどり着くのは困難なようだ。ツルアダンはとても漕げるような代物ではない。第二のお山なのに、と素朴に思う。このジャングルのお山では、昔、琉球王朝により波照間島から強制移住させられた人々がここから遥か遠くの波照間島を眺めた、という伝説があるそうだ。かつてはその人々の聖地だったのだろうか。
ギンガゴーラを遡って、波照間森を伺う(まず無理だろうけど・・)。これが、横断遡下降という大目的のなかに隠れされた、真の目的なのであった。上原港の立体地図には付近まで遊歩道が伸びていたらしい記述があり、また、かつての横断林道の建設中止から廃道となった痕跡があるかもしれない。波照間森にちょっとでも触れられた、と感じられる材料を得ることができれば、多分それで満足なのである。
しかしながら・・・、時期が悪く、連日号泣するような雨。ギンゴガーラに入るには増水した浦内川を渡渉する必要があるが、まず水量的に厳しく、ちょっと微妙。そして、仮に徒渉できたとしても、今後さらに天気が悪化する予報だったため、敗退した場合徒渉して戻ることができなくなる可能性があった。そのため、ギンゴガーラ出合を目の前にして、入渓を諦めざるをえなかった。
・・・しばらく茫洋と川岸で過ごした。アマゾン川的グリーンに濁った水面は、一見淀んで停滞しているかに見えるが、増水も相まって、実際は分厚い圧力で流れている。圧に晒された妄想はどんどんすり減っていった。そして大した時間もかからずにキレイさっぱり無くなってしまった。雨、敗退。受け入れるべき事実だけが残った。
・・・・・
ところで、出発前にありえないミスをした。なんと寝坊した。飛行機の出発時間に起き、動揺しながら急いで空港に向かい、同行のJunさんにマジ謝罪した。妻のサポートもあり、なんとか当日航空券を手配し出発したが、時間(とお金)のロスは甚だしかった。
そして雨。当初の横断遡下降の計画はいきなり潰え、ピナイサーラからテドウ山経由の登山道を拾ってギンゴガーラに向かうことにしたが、前述のとおり入渓すらできず。あとは横断登山道を歩きながら、適宜支流や本流に足を踏み入れ、軽くチラ見することくらいしかできなかった。・・・しかできなかった?
そんなことはなく、それはとてもすばらしい時間だったのだ。雨のジャングルを歩く機会はそうない。ここには憧憬すべき幽邃の風景があった。例えば、雨に閉ざされた空間に門のように鎮座するマヤグスクの滝、そして瑞々しく苔むし熱帯性植物に覆われた源流域では、どうしようもなく心を揺さぶられ、なにか深遠なものに触れた気がした。ギンゴガーラには行けなかったが・・、それでも初めて訪れた西表島。ファーストインプレッションとしては全然悪くなかった。
沢をつないだ幽邃の小さな旅。旅は夢のなかで、妄想となったり、また現実となったり、常に両者の振れ幅をせめぎ合っている。そして、初めてきたはずのこの地の自然に佇んでいると、なぜだか自分の原風景を見た気になる。それは妄想に邁進しているからか、あるいは現実に抵抗しているからか。夢なのは同じことである。
せめぎ合いは続き、勝手に果てなく広がっていく。いいだろ。まだ終わりにはしたくない。まだ夢を見させてくれと思う。
幽邃の夢を。