隠レ蓑

お山の日記と、日々の懊悩

懊悩のつづき

 

前編:4/23 懊悩

 

 

対峙

4/23に落石で右手を負傷し敗退した"女~~~沢"に、6か月経った10/28、ようやく行った。いままでも行く機会がなかったわけではないけれど、頼りになる誰かと一緒に行く前提で機会をうかがっていたのだ。しかしながら、結局誰にも同行をお願いすることができなかった。心は単独で行くことを望んでいたのだ。きっとある部分では内省的な山行になるだろうから、一人で気ままに時間を使って向き合ったほうがよい。よし行こう、と思えるまで図らずも時間がかかってしまった。

現場に行ってあれやこれやと自分で検証してみて、それが終わってなお気持ち的に行けそうなら最後まで遡行しよう。

そのように考えたのだが、装備ではちょっとばかり悩んだ。野猿棚とやらはそう難しくはないと思うが、そもそも論として、リスクのある沢の登攀がいまの自分にこなせるのだろうか。いや、こなせるかというよりも、リスクそのものを受け入れることができるのだろうか。どう考えても、フリーソロで登るか、撤退するか、二つに一つなのだ。安全のためとか言ってギアをジャラジャラぶら下げても無駄に重たくなるだけだし、だからといって手ぶらで行くほど割り切ることもできない。そう、割り切ることができないんだよ。これはリスクをどうやって上手に受け入れるかが焦点なのだ。当初、計画書はヘルメットのみの手ぶらで作ってみた。だが、その空欄だらけの計画書は、見れば見るほど、いまの自分にとってはどうにも異質でふさわしくないものに見えた。結局のところ、ハーネスを履き、残置でセルフがとれるように長スリングと、緊急的な撤退用に30mロープとハーケン・ハンマーを持っていくという結論になった。それが分相応ってやつだろう。

 

 

C650m小滝

☟こちらは4/23山行時。最初の3条15mを越えてすぐ出てくる3連小滝の2つめのとこだ。黄色丸のフレーク状の岩を剥がしたと思われる。こんな・・、明らかに剥がれそうな岩を案の定剥がしたなんて、自分はどうかしてた、と思った。正直に言おう。はっきり言って触る前から剥がれそうだと思っていて、やっぱり剥がれたのだ。そして飛び退りのイメージまでしっかり持っていて飛び退ったが、着地した時、追いかけてきた岩に手を轢かれた。アホすぎるだろ?

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☟こちらは10/28山行時の同じところ。剥がれた跡が明瞭である。

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☟剥がれた跡のアップ。

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☟下に剥がれたっぽい感じの岩が転がっていたので並べた。もともと1つだったのが3つに砕けたのか、最初から3つだったのか、不明。仮に右側の1つだったと仮定するならば、全くの体感ながら重量は約50~60kgくらいか。

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ところで、ひとしきり当時のことを頭のなかで再構成したり、写真を撮ったりしたら、10分ほどで飽きてしまった。(剥がれた岩を見つけたらケリの一つでも入れてやろうと思っていたのだが。)これ以上このつまらない検証を続ける気もなく、また、いまさら忸怩たる感傷に浸る気もない。やろうと思っていたことは一応済んだ。もはやこの場所に用はない。「それだったらさっさと沢登りを再開しよう・・」「ほんとうに用は済んだのかな?」「済んだとしかいいようがないだろ」「だからといって本当に行けるのかね?」「まぁ・・、他にやることもないし」「トラウマっていうか怖くはないのか?」「怖いかどうかは山行可否の論点ではないもんね」「じゃ行こうか?」「うーーーむ、・・行こうかな」。ひとしきり寂しい押し問答に興じた。

 

 

野猿

野猿棚とやらは要は大滝ではなくて幾つかの小滝の連なりに過ぎない。しかも遡行図にはⅢ級とⅣ級しか書かれてない。これくらいなら、いかに自分が弱ったとはいえ、フリーソロでも余裕をもって登れるだろ。・・という皮算用があったわけですよ。小賢しい浅知恵ではあるけれど、やっぱそれくらいの勝算がないと単独では来れないわけ。丹沢だってそれなりに悪いもんね。

それで最初の2つの滝は見るからに簡単な小滝で何も考えずに登った。次のやつはシャワーを嫌って巻きを探ったものの結局直登するのが一番マシという結論になって、水を浴びながら登った。3つとも落差数mの小滝で、やべーと思ったら最悪ジャンプして着地すればいいか程度で、何でもなかったんだけど・・。

その奥に控える2段15m。トイナメ状で10m×5mの逆くの字だ。これは最初の10mは傾斜が緩く容易。落ち口へ抜けるラスト5mが立っている。バーッと登って行って、落ち口まであと3~4手くらいのところで、あれま、と不意に立ちすくんでしまった!

下方を見やればトイナメ状ながらも落ちればただでは済まない高さだ。突如感じ出したフリーソロのプレッシャーに、思わず自分がこれ以上リスクをとって登るべきなのか否か、まさかの自問自答タイムに突入してしまった。それもザァザァ水を浴びながら、だ。まったく・・、こんなところで考え込んでる場合じゃないのは明らかだ。しかし、ホールドをタワシで磨き配置を細かく確認して、ムーブも幾通りも確認して、間違いなくサクッと登れるはずだと結論している一方で、そのような思考に、手が、足が、同意して付いてきてくれない。手を出し、ホールドを探り、戻す。足を上げ、スタンスに押し付け、戻す。その次の動作につなげることができない。延々とこれを繰り返し、その都度冷たい水を浴びる。まったくもって儚すぎる堂々巡りを演じることとなった。

15分ほどそこでモジモジした後、ふと気が付いたように軽くクライムダウンしてみた。どうにかしてこれを巻けないか、いたずらに周囲を見渡した。むろん深いゴルジュの滝の途中から都合よく巻けるラインは存在しない。そんなことは最初から分かり切っている。同時に、この無駄な行為は"いったん置いて仕切りなおす"ための通過儀礼のようなもので、実のところ心根では巻こうとしているわけではない。実はそれも分かっている。ひとしきり見回して、巻きを探るくらいなら登り切ったほうがマシ、ともう一度登る方向性に意志を収斂させていくための、いつもの通過儀礼なのだ・・。雑念を断ち切り、登り切るために自分を追い込む、なんて言うともっともらしく聞こえるけど、要はふんぎりをつけるのに時間を要しているだけ・・。相変わらずの予定調和に我ながら進歩がないなと呆れた。

でもまあいいでしょう。さっきの高度まで戻り、水を浴びながら再度ムーブのチェックをして、さっき確認した以上の情報がないことを再確認した。もうモジモジしないで登れるかな?

分かり切ったことだけど、簡単に登って5秒で落ち口に立って下を見下ろした。

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その後は野猿棚最後の数mのショボいルンゼを登って、圧巻のV字を越えて、道標のないピークまで。そう、東沢を下降しないでピークまで行くの。ひねくれてるだけなんだけど、ピークで区切りにしたいし、今日は入渓点に戻りたいんでね。左岸尾根を適当に下山した。

 

 

出会い

沢登りではその山行のほとんどが一期一会だ。そう一度きりの出会い。行きたい所がありすぎて同じ所にまた行くという選択肢がない、のが主たる理由だが、それゆえにこそ、一つひとつの山行では、何より後悔のないようその自然を味わい、心に残していきたいと思っている。晴天に恵まれた時であれ、予想外の悪天に見舞われた時であれ、成功の時であれ、そして失敗の時であれ、そのときどきの山行はどれも思い出深いものばかりだ。そして、終わった後に「ここにまた来よう」と思うことは、まずない。心に残る山行ができたならば、次へ行くべきだと感じる。私の山行は常に通り過ぎていく小さな旅だ。

しばし沈思黙考。段丘になっている"女~~~沢"の出合いに立って、沢の奥のほうを眺めている。この沢で、自分は何をやったのだろう。向き合い、登ったことで、どんなふうに心が突き動かされたのだろうか。いま浮かんできた感情を正直に言えば、「つまらなかった」だ。今回は、どうしたって、失敗のリベンジみたいな位置づけだ。そんなスポ根的な感情が元になった山行が心に残るよい山行になるはずがないのは、分かっていた。自意識を肥大させて、自然のなかでちょこまかと・・何やってんだか、くだらない名誉挽回の一人芝居。でも、いち登山者としては、欠かすことができない一本とも言えた。それがくだらない自意識だろうが。そりゃそうなんだけど。つまらない押し問答。ああそれに。思えば4/23に事故った山行もつまらなかった。あれから何度も何度も事故を振り返ってきた。その振り返りがまた浮かんできて、さらにつまらなくなってきた。いかんいかん。もうこの感情で沢を眺めるのは止めよう。散々この話題は考えた。もうよい。

2度来たがもうこの沢に立ち入ることはないだろう。よい形でとは言えないが、ようやく通り過ぎることができた。ときにそういうことだってあるだろ。

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事故から半年。12月に薬指に埋めたプレートを抜く予定で、それからまたリハビリのやり直し。その後、もっとよくなるのかしら。リハビリは2年と言われたけどそんなの目安にもならんだろう。まだペットボトルが右手では開けられない程度の握力。手首と肩にも後遺症があり、時々行くクライミングジムではほぼスラブだけ触っている。

頑張ろう。