隠レ蓑

お山の記録と、日々の懊悩

黒部川・弥太蔵谷

8/12 黒部川 弥太蔵谷~瀬々薙谷~音谷下降

 

谷川に行くつもりであったが、天気がいまいちである。常に代替案は持っているほうなので、全国的に雨でなければ、どこかしら行き先はある。しかしながら単独山行なので、行き先選びは常に気持ちの面が優先される。結局のところ、本当に行きたいなぁと思っているところは、実際はそれほど多くはないのである。

そういうわけで、直感で弥太蔵谷に決めた。黒部川の大渓谷に対するあこがれは尽きない。沢登りを始めた理由そのものだし。その一方で、難渓に挑むには能力・気力ともにいまだ不足しているが分かり切っているのだ。下部ゴルジュを除けば易しいと思われた弥太蔵谷は、そんな自分にぴったりの沢ではないか。しかし、できれば下部ゴルジュも少しは足を踏み入れたい。とにかく必要そうなものはザックに詰め込んで、宇奈月へ向かった。

 

弥太蔵谷のトンネル脇の広場に車を停めて6時半ごろ出発した。橋から右岸沿いの踏み跡を進むと、人里近い沢らしく、すぐに釣り師の姿が散見できるので、少し気を使って水に入らず進んだ。きれいな淵を右岸から巻いて、おあつらえむきのフィックスロープでクライムダウンすると、すぐに下部ゴルジュの入り口である。

 

下部ゴルジュは自分のような水泳初心者には厳しいとは思うが、ライジャケも持ってきたし、見物できるところまでは行ってみようと思っていた。また、巻き次第ではある程度ゴルジュ内を進めるかもしれない、とも思っていた。ゴルジュに入り岩々しいところを少し進むと、4mくらいの大岩にボルトが連打されているのが見えた。岩はぬめっていたので、見栄も矜持もかなぐり捨て、ありがたく利用させてもらって越えた。そこ以外はさほど水に浸かるでもなく、簡単なへつりで進んでいける。側壁は非常に高い。そうだ。ここもまた黒部の谷なのだ。人里近い弥太蔵谷とはいっても、ようやく黒部の谷に足を踏み入れることができた喜びを、少しは感じ、心が躍らなくもない。これくらいの少し冷めたくらいの感じでいないと、怖くなってしまいそうなのだ。

 

 

ゴルジュが左に折れ、薄暗くプール状に水を溜めた先は右に折れている。先が見えないが、轟音から滝があるのだろう。100%自分にはこの先は越えられないだろう、とあらかじめ思いながら、空身になってカメラだけ持ち、側壁をへつって奥を見渡せるところに移動した。プールの奥では8m滝が水を落としており、その上部は空間が広がり光に満ちている。一人でここにいると、なかなかに悲壮感あふれる空間である。少なくとも一人で泳いで滝芯に近づいていく気には全くならない。ウォータークライミングは別物だなぁとあらためて思う。ここまで来れて満足だろ?とひとしきり自問してみる。気持ちよく?ここで敗退した。

 

 

さて、遡行図では戻って左岸のルンゼを高巻いて懸垂、とあるが、不安いっぱいの自分は懸垂で降りて逃げ場が無くなったらどうしよう、とおののいているわけである。ゴルジュの最狭部は見れたかに思われたので、もっとも安全な右岸の踏み跡巻きを決めた。どこから巻き上がろうかと物色していると、さきほどのフィックスでクライムダウンした右岸のルンゼが登れそうた。登ってみると踏み跡が上へと伸びており、使われているようだ。まもなく登山道のような右岸の巻き道に出た。

 

右岸踏み跡からゴルジュの出口に近いところ?を見下ろせた。あそこを進めなかったのは残念だが、実力不相応なことはできないので仕方ない。

 

巻き終わり、あらためて入渓した。ゴルジュが終わると、感じのよいゴーロが続いている。最後の堰堤付近までは赤白ポールも何か所か立てられており、管理されているようだ。

 

たしか1か所、淵があった。多分左岸を巻いた。以降も感じのよいゴーロが続いた。

 

420mくらいの左岸からの枝沢の滝。

 

450mの2俣。休憩した。時間は10時半前。出だしの巻き道を歩きながら考えていたことがあった。進行がだいぶ早いので、もう日帰りで下山しようかと思ったのである。下部ゴルジュを巻いたため、時間に大きなゆとりができてしまった。この分では昼には幕営適地に落ち着く流れだろう。のんびりするのもよいが、釣りはしないし、思ったよりオロロもまだ飛んでいるし、ゴルジュで何も頑張れなかった分、歩きを頑張って日帰りしてしまおうかと思ったのである。そんな発想をすると、沢で一人泊まる気もあっと言う間に消え去る。とりあえず遡行終了点としている瀬々薙谷の920mコルに15時着、それまでであれば日帰りしようと決めた。遡行図も持っているし、いくつかの記録も拝見している。音谷の下降は4時間かそこらだろ。最終的に暗くなってもゴーロ歩きであれば問題ない、と考え、出発した。

 

以前からなのか、最近なのか、分からなかったが、沢中では各所で土砂や倒木で埋まっているところが多かった。

 

いくつか淵になっているところの通過があり、泳ぎたければ泳げるポイントであろう。そして、釣りをやらないので遡行中に魚影はまったく気にしないタイプであるが、それでも何度も何度も魚影が視界をかすめる。実に多い。幾度か尺越えのものか、本当に大きな魚影に「でかっ!」と声が上がったほどである。倒木でせき止められ生簀のようになっていて、うようよ泳いでいるところもあった。

 

これは左岸を小さく巻いた。弥太蔵谷の中流域では一番水がまとまっているところだろう。

 

この滝では、写真だとよく分からないが、とてつもない巨木が挟まっている。ここは少し戻って雪渓の跡で荒れた右岸斜面を登り、藪に入って巻いた。藪の隙間からこの上部にも10m弱くらいの直瀑が見え、登れるか分からなかったので、それも含めて藪漕ぎで巻き進んで、30分ほどかけて全巻きした。踏み跡が途中からみられなくなったので、実際はもっと手前で沢に下りているのかもしれない。

 

630mの瀬々薙谷の2俣。どうやら15時に920mコルまでは多分着けるだろうと思われたので、どんどん進むことにした。

 

瀬々薙谷に入ると水量はぐっと減り文字通り小沢である。しかし両岸はV字に切り立っていて、険しいような穏やかなような、不思議な渓相。難しいようなところはなく、のんびり歩いて行けるし、こんなに水量が減ってもいまだに魚影が多くみられるのには、驚いた。

 

これは最初左岸の枝沢から急斜面を藪トラバースして巻こうとしたが、藪が貧弱で悲鳴を上げて断念した。少しだけ泳いで登った。ちょうど小さく白波が立っているところに立てるポイントがあった。

 

15m3段滝。瀬々薙谷で唯一の滝らしい滝である。

 

そこから上はまた小さく、そして緑に囲まれた小沢となった。穏やかな流れを歩き、920mコルへの2俣を左に曲がった。水もなくなり、藪登りしているうちに、コルへダイレクトへ上がっていくラインからはずれたようで、15mほどはずして稜線に出た。稜線は微妙に踏み跡もあり、簡単にコルまでたどりつける。

 

920mコル。時間は15時15分であった。あまり時間もなく、休憩もそこそこに下山を開始した。ちなみにこのコルは非常に感じがよくて、思わず長居したくなるような静かな自然を感じられるところだったなぁ。駐車場に戻らなくてよいなら、この樹林を歩いて負釣山へ抜けたいのもヤマヤマであった。やっぱり登山は山頂に抜けて、区切りをつけてから下山したいものだ。

 

音谷本流641mへ下降するこの沢筋は、出だしは非常に急な藪斜面で、藪つかみ下降である。両サイドに尾根状はあるが、それもかなり急峻なので却下した。藪がしっかりしていそうなところを選んで、慎重かつ適当に下降した。

 

藪が終わると荒れたガレ沢となる。倒木も多く、またところどころかなり急なので、両岸どちらかの藪をつたって下降した。下部ゴルジュを除けば、今回の山行で一番危険を感じたのはここである。実に真剣だった。

 

641mまでで3回懸垂下降した。下の写真は一番大きかった12mくらい?の滝。両サイドの藪をつたってなんとかクライムダウンできないかと探ったが、厳しかった。この前後にも6~7mくらいの小滝を2本クライムダウンできずに懸垂で下りた。もうすでに結構疲れていて、下降後にロープをまとめるのも腕が辛くて、休み休みであった。

 

16:45ごろ、1時間とすこしかけて、ようやく641mに合流した。

 

音谷では2か所の大きな滝場の通過があった。下は5mほどのトイ状から10mほど廊下状になっているところ。これも懸垂で水流を降りて通過した。

 

 

こちらは25mほどの滝である。水流右の乾いたところを20mほどの懸垂下降で降りた。下りたところで疲労困憊して休憩した。

 

 

音谷の下降は5回の懸垂下降をするなど、思ったよりも時間がかかり、時間はどんどん過ぎていき、25m滝を降りた時点でもう17時半であった。そこからは基本ゴーロとなったが、小滝はちょくちょく出てきて、神経を使いながらどんどん下りて行った。

 

449mの2俣までとにかく急ごうと思って歩いていたが、気づかずに通り過ぎてしまったようだった。おかしいな、まだかな、と思って、見えてきた2俣に着くと380mの2俣であった。知らないうちに思ったより進んでいて、ラッキーだったなぁと思うことにした。しかし、もう日没はとうに過ぎ、18時50分。残光もわずかとなり、ついに夜間行動に突入になってしまった。ヘッデンの光が闇に強く照射されるほどに、瞳孔は閉じていき、暗さをより感じることとなった。

 

19:30ごろ、粛々と、林道末端があるはずの、地形図の最後の堰堤に向けて歩いていると、突然白い人工物が暗闇の中に浮かび上がり、驚き、戸惑った。近づいてみると新しめの堰堤である。目的の堰堤はもっと下流にあるはずなので、地形図に載っていない堰堤が出来ていたようだ。暗闇に浮かぶ白い堰堤は、なにか不安な不吉な感情を惹起させ、今日はもうここでビバークしようかと、一瞬弱気になった。ヘッデンでよく見ると左岸に梯子がつけられており、問題なく巻けた。もう少し進んだところに林道があるはずだが、本当にあるんだろうか、と不安な気持ちで、とにかく左岸に注意しながら、なおも歩き下って行った。

 

最終的に地形図に載っていない3つ目の堰堤を左岸から巻いたとき、突然林道の末端に出て、終わりを迎えた。

 

あとは林道をゲートまで下り、そこから1時間以上かけて駐車場に戻った。真っ暗な山道の歩きはイヤなものだが、特に駐車場手前の数百mの長いトンネルは入る気にならず、遠回りにはなるが、いったん宇奈月の町に出てから、遊歩道を経由して戻った。

 

不使用のギア、不使用の幕営道具。あこがれてきた初めての黒部川の沢は、どんなだった?一つはっきりと言えるのは、自分にはウォータークライミングが出来ない、ということだ。釜を泳いで滝に取り付いて・・・みたいな芸当は、小川谷廊下みたいなちょっとしたとこならまだしも、少なくともここでは無理だ。仮に単独でなくても、能力的にも無理だし、そこに潜む危険を処理する以前に、恐怖が心を支配している。少しずつでも上手くなって・・などと考える自分もいるが、多分少しずつすぎて10年経っても何も変わらないだろう。生来の得手不得手は仕方ないと割り切ったほうが早いし、そのほうが建設的ではないか、と今回初めて思った。

でも、これは正直のところ分かり切っていたことでもあるのだ。自分に出来たことといえば必要そうなギアは全部持っていくことくらいだ。「行ってみて登れそうなら登る」みたいなことは、よく言われることだろう。その場合「時間がないから」「ギアが足りないから」などと言って登らないことのほうが多いのも知っている。おれぁ時間もギアもあるぞ、という点。そしてそれが不使用の重荷になるであろう、という点。それらもあらかじめ分かったうえでの、予定調和に満ちた卑小な冒険旅行なのだ。

何かを得たような気もするし、失った気もする。分かったのは、黒部川の厳しい渓谷遡行をするには、自分にはいまだ足りないものがあまりに多いという、当たり前すぎること。でもまぁそんなわかりきったことはいい。それより、不使用の重荷(幕営道具も不使用だった)をかついで、せっかく1泊できるチャンスなのにそれをせず、長時間行動で日帰りでヘッデン下山したことである。つまり、どうやら自分は長時間行動が好きらしい、ということが分かったのである。(前からうすうすわかってはいたが。)

 

行程:駐車場(6:35)~入渓(6:45)~下部ゴルジュ8m滝(7:30)~巻いて再入渓(9:15)~450m2俣(10:20)~瀬々薙谷(12:55)~920mコル(15:15)~641m音谷本流(16:45)~390m2俣(18:50)~最後の堰堤(19:30)~林道末端(19:55)~ゲート(20:15)~駐車場(21:30)

装備:ダブル30m、補助ロープ25m、ハーケン・カム、スリング多、ビレイデバイス、ライジャケ