隠レ蓑

お山の日記と、日々の懊悩

北穂高 滝谷出合~第四尾根

9/28 北アルプス北穂高岳

新穂高~滝谷出合~第四尾根~涸沢岳山頂~白出沢下山~新穂高

with Wさん

 

 

【タイムスケジュール】 

2:30 起床。Wさんのエクストレイルは荷室が完全なフルフラットで、寝心地が最高であった。2時間半ほどであったが、ぐっすり寝れた。

3:05 まだ暗闇の新穂高無料駐車場を出発した。右俣林道から聞こえる沢の音は大きく、連日の降雨で増水しているのが目に見えなくても分かる。昨日は雨、そして明日も雨が確定しているが、今日だけは晴天が約束された貴重な1日だからか、同じようにヘッデンで歩く光がいくつかあった。健脚な先行者の光が前方に見え、なんとなくそれを追いかける感じで歩き、追い越してしまう。なおも歩く速度はゆるまず、抜かしたはずの先行者が今度は後ろからぴったり付いてくるので、さらに速度は上がり、滝谷出合まで2時間で着いてしまった。Wさん、朝一はゆっくりめって言ったよね? 私にとっては完全なオーバーペースで、いきなりヘロヘロになってしまった・・・。

5:05~5:30 日の出待ちで避難小屋で休憩。ハーネスなど身支度し、いっとき早くも終わった体を休めた。いたずらにカフェイン入りのエナジージェルを体に入れてみるが、いきなり先が思いやられた。沢が明るくなり始めた5時半に出発した。水量は平水の1.5倍程度とみられたが、沢装備で来ているため渡渉を含め、遡行に支障はない。

6:10~7:45 雄滝の登攀。沢を歩き始めるとすぐに雄滝・雌滝の二俣につく。見る限り登攀のラインはいくつもとれそうだが、クラシックルートは先人の軌跡がもっとも濃いラインをトレースして、その偉業を追体験したい。中間尾根の岩稜に取り付くことにする。1p目は私が50mほど伸ばした。最初は20mほど少しぬめったバランスの悪い岩稜(Ⅲ+~Ⅳ−)で、懸垂支点と思しき残置に着く。そこから踏み跡が藪に伸びており、雄滝落ち口くらいの高さでピッチを切った。以降2~4pは藪に伸びた踏み跡をトラバースし、落ち口に至った。トラバースは歩き以上登り未満といったものである。雄滝の登攀が非常に悪いと聞いていたため、あっけなく終わってしまったことに少し驚いた。幸先のよいスタートとなった。

8:20~8:45 滑滝の登攀。9月下旬であるため、ここまで雪渓はまったくなく、遡行に問題はない。雄滝を過ぎ2~3の小滝を過ぎると、ひときわ側壁が高くなり、滑滝となった。左岸を一段上がり傾斜がきつくなるところでロープを出し、私が登らせてもらった。左岸を水際沿いに50mほどで落ち口(Ⅲ+)。すぐ上にも15mほどの小滝があり、フォローで上がってきたWさんがそのままロープを引いて抜けた(Ⅲ)。懸案であった雄滝と滑滝の登攀が順調に終わり、またここまで雪渓はまったくない。日帰りには問題なさそうな感触を得た。

9:15 合流点。滑滝上からゴルジュになり、まもなく伏流し水がなくなった。F沢が左岸から最初に出合い、次にA沢が右岸から。次に間違えやすいというB沢・D沢の分岐。右岸から出合うB沢に入りたかったが・・・。

9:30~11:25 慎重なつもりだったが、間違えてD沢に入ってしまい、B沢出合まで戻った。間違えた経緯を列記しておく。①合流点から最初に見えたF沢・D沢中間尾根を第四尾根じゃないかと思い込んでいた。②雪渓はまったくなく、前情報として認識していた出合と見た目が異なるように思った。③B沢出合は巨大な平べったいCSになっており、CSの下はガレが抜けていて小さな洞窟状になっていた。最後の水流がちょろちょろ流れていて、ちょっとした水場の様相だった。そこで水を汲んだが、CSが落ちてきそうな雰囲気だったので、この危険地帯から離れておこうという心理が働いた。④このB沢出合を見る限り、D沢のほうが全然大きくて本流のように感じられた。・・・以上から、この出合がB沢だ、という意識が生まれなかった。(実際B沢に入るには、D沢からB・D中間を若干乗越して入る感じであった)。間違えてD沢を登りながら、ほどなく現在地がよく分からなくなっていたが、最終的におそらくスノーコルかそれ以上に高度を上げてから、左岸が涸沢岳西尾根らしいことがやっと分かり、正しいB沢出合まで引き返した。タイムロスは2時間くらい。私は朝からヘロヘロであったが、とどめを刺された。Wさんは元気。

12:45 C沢二俣。B沢出合でがっくり休憩し、C沢をゼェゼェしながら登り、二俣に着いた。間違えて入ってしまったD沢はガレが不安定で歩きにくかったが、C沢はそれよりはるかに歩きやすい。Wさんがスタスタ先行し、私は夢遊病の歩みで続いた。真っ青な空の下、花崗岩の側壁はいっそう高くなり、「岩の墓場」たる滝谷の深部に入った感がある。ただ歩いているだけでも心が躍る。

13:30 第四尾根取り付き。C沢二俣から第四尾根の鞍部までの100mほどの踏み跡は明瞭だ。この鞍部をスノーコルと呼ぶ場合もあるし、取り付きをスノーコルと呼ぶ場合もあるようだが、どっちが正しいのだろう。鞍部でまたばったり休憩し、補給しながら登攀の身支度をし、ここからクライミングシューズを履いた。先にWさんがロープを引いて登り出し、60mいっぱいに進んだところでコンテでフォローし、第四尾根取り付きに至った。

13:40 第四尾根登攀を開始した。当初は時間節約の必要もあり、コンテでの登攀を予定していたが、スタカットに変更した。岩がもろく、浮いている箇所が非常に多いため、登攀に不確定要素が相当ありそうなのと、コンテで互いに気を使いながら登るよりスタカットで好きに登ったほうが楽しそうなのと、変更した理由はこの2つである。奇数pをWさん、偶数を私の順で、早く登りたくてウズウズしているWさんが1p目を登り出した。登攀が始まるとこれまでの疲れも吹っ飛んだ。

13:40~15:40 1~5p。A、B、Cのカンテラインをたどる前半戦である。カンテは岩も硬くて不安なく登れる一方、むしろ1~2pの浮石満載でラインが読みづらいⅢ級のほうが緊張感があった。Aカンテあたりからは、滝谷らしく午後のガスが立ち込めてきた。晴れていれば見通しがよく、これから登っていくラインが明確になるので気も楽だが、ガスで視界が利かなくなるとそれらは一変する。ガスが一過的なものでまた晴れるのか、それとも、このままガスに包まれ曇天と化すのか、岩の墓場に初めて来る私たちには、にわかには判断できない。Cカンテでは濃いガスに包まれた。時間も押してきており、急ぐことにした。晴天と曇天では精神的余裕に雲泥の差がある。明日は確実に雨なのでビバークは避けたい。

15:40~16:40 6~7p~ツルムから懸垂下降。6pは浮石だらけの凹角をピナクルまで50m私が登り、セカンドビレイしているとき、C沢右俣からとてつもない轟音が鳴り響いた。岩雪崩らしい。ガスで判然としないが、岩が面で流れているのがうっすら見えた。轟音は30秒かそれ以上続き、ここは恐ろしいところだと、ふと思い出した。7pはWさんがツルムの懸垂点まで。最後の傾斜の強いクラックが怖くて難しい。7pを登っているあたりで、ガスがいっとき晴れたり、また流れてきたりした。ツルムで懸垂の準備をしていると、上空のガスがゆっくりと晴れていくのが分かった。これから登る最後の8、9p目も、涸沢岳の稜線も、第三尾根のほうも、はっきりと見えた。

16:40~17:35 8~9p(トップアウト)。ガスの晴れた最後の2ピッチ。ザックが邪魔になるチムニーの8pを私が登り、上部の薄被りのクラックが難しい9pをWさんが登った。9pをフォローで登り、そこだけ真新しいボルトが打たれている終了点で、笑顔のWさんに迎え入れられ、第四尾根の登攀は終わった。Wさんに言われて振り返ると、夕日の残光が空を赤く染めていた。美しかった。眼下には雲海が広がり、ずっと向こうに笠ヶ岳が見える。右のほうを見やれば槍ヶ岳も見える。終了点から安全地帯となる登山道まで、背後を赤く染める空を何度も振り返りながら、急いで登った。やがて空は急速に暗くなっていった。絶好の、そしてギリギリ日没のタイミングでの、トップアウトだった。

17:55 稜線登山道。夕闇に暮れなずむ涸沢の灯りを左に見下ろしながら、誰もいない岩稜をヘッデンを頼りに歩いた。

18:50 涸沢岳山頂。唯一踏めた山頂だった。北穂も、奥穂も、踏むことはできなかった。雄滝・滑滝を越えた時点では、ひょっとしたら西穂までつなげられるかも、などと妄想していたが、夢に終わった。それでも1つだけ山頂を踏めたことは、この上なくうれしいことだった。この真っ暗な涸沢岳が大好きになってしまった。

19:05 穂高岳山荘。ほんの少しだけ休憩。新穂高に下山してもコンビニも何もないため、Wさんが下山後の楽しみとして小屋でビールを買っていた。夜19時にギアをジャラジャラぶら下げた男がビールを買い、これから白出沢登山道を下山だと・・・、小屋の方からしたら「はぁ?」だろう。用のない山小屋は素通りするに限るとばかりに、すぐ出発した。

21:45 白出沢出合に着いた。白出沢の登山道は広いガレから始まり、マーキングが最初は分かりやすかったが、やがてよくわからなくなり、ガレの真ん中あたりと右岸側と2つルートがあるようだった。2度ほど踏み跡を失いルートを探したが、それでも順調に下り、水流のある沢に出た。きっと昼間であれば下ノ廊下のようであろう、渓谷沿いの道を下って、橋を渡り、あとは藪のなかを歩き下り、右俣林道に出た。

23:00 右俣林道を粛々と歩き、新穂高無料駐車場着。出発した3時から23時の、20時間。なんとか日帰りできた。気分はいまだ高揚し、疲れはあまり感じていない。朝はあんなにヘロヘロだったというのに。Wさんと3回目の握手をした。1回目は第四尾根の終了点に達したときで、2回目は稜線に抜けたときだったなぁ。むろん3回目が一番厚い握手である。帰り支度をささっとし、車に乗った。20時間行動したあと神奈川までの帰路につく気にはさすがになれず、乗鞍にある温泉に移動し、車中泊した。翌日のんびりと家に帰った。

 

【日帰りにあたっての寸評】

滝谷出合から第四尾根を日帰りで、というアイディアはちょっと前から抱いていた。実際は1泊2日の計画で、初日に滝谷から北穂を経て涸沢まで下りて泊まり、2日目に前穂北尾根から奥穂~西穂まで縦走して下山する、という穂高のクラシックな尾根を巡る小さな旅であり、今回の山行はそこから1日目の行動だけ切り取ったものである。

1日だけに切り取ったのは、単に晴天が今日1日限りで、明日は朝から雨が確実だったからである。しかしながら、日帰りするには雪渓の有無や沢の増水、滝の難易度など、ルートの状況が読めないため、不確定要素も少なくない山行になることが考えられた。そのため、最低限のビバーク装備とエスケープ(B沢・C沢左俣・第三尾根~ドーム中央稜の下行路)を想定してはいた。エスケープを選ばず進み、仮にビバークとなった場合、翌日は穂高の稜線近くのルート上で朝から雨(実際は雪)なので、相当に追い込まれた山行となるだろう。したがって、夜間登攀になったとしても登り続け、なんとしても稜線までは抜けるつもりで臨んだ。

なんだか背水の陣のような山行計画ではあったが、私としてはどこまでもポジティブだったのが正直なところである。12時台に第四尾根の登攀を開始できることが、安全に稜線まで抜けられるキーポイントだと思っていたが、実際は13時40分開始だった。しかし登攀を数ピッチ重ねたところで、仮に夜になっても時間をかけて登れば大丈夫だ、と思い至った。第四尾根に対する見通しが自分のなかで感覚的につき、どういう状況であれ、少なくとも稜線までたどりつけるという確信がもてたからである。

D沢に間違えて入り込み、引き返したことで、約2時間のタイムロスを負った。これがなかったとしたら、単純計算で、第四尾根取り付きが11時40分、トップアウトが15時35分になる。結果論ではあるが、15時台は濃いガスの中を登攀していたため、ガスの中のトップアウトとなっただろう。2時間ロスしたために、17時35分、美しい夕日の残照を浴びながらトップアウトできた。時間に追われた面はあったが、ドラマチックな登攀となり、とても満足している。運命というやつだろう。

稜線にたどりついたときには、すでに日没を過ぎ、夜の帳が下りてくるところだったが、山小屋に素泊まりする考えは早い段階で捨てていた。やはりここまで一筆書きのラインで登り詰めてきた登山の連続性を失う気がしたし、日帰りだからこそ明日を考えずに限界までやれる魅力があった。そして、ルートが分かりにくいなどの点があっても、白出沢登山道の夜間下山には一抹の不安も感じなかった。結果として、予定していたよりも時間はかかったが、20時間行動で山行を終えることができた。

なお、計画当初は稜線トップアウトの後、可能なら西穂まで縦走するつもりであった。しかしさすがに全然無理で、早い段階で諦めた。それどころか北穂も奥穂も踏めなかった。タイムロスがなかったとしても、さらにスピードを上げなければ西穂までつなげるのは厳しかっただろう。

この滝谷は、私にとってもパートナーのWさんにとっても、初めて入るエリアであった。壁だけ登りたいならば、涸沢からアプローチするのが楽であろうが、壁も含めひとつの登山として捉えた場合、やはり出合から山頂までを一筆書きでつなぎたい。ましてや初めての滝谷である。登山に対して私が抱いている、ごくささやかなこだわりを貫くことができた。

そして、信頼できるパートナーの存在は大きかった。こんな山行を一緒に行きませんか?といえる仲間はそういない。しかし、破天荒なWさんは二つ返事でOKしてくれたばかりか、西穂まで行けるんじゃない?などと軽く付け加えてきて、度肝を抜いた。これまでにも、いくつかの印象的な山行をご一緒してきたが、滝谷第四尾根は互いに忘れがたい、思い出深い山行になった。ありがとう!

 

【山行のポイント】

滝谷を出合からC沢二俣に至るまでの行程におけるポイントは以下のようになると考える。(なお、以前に同ルートを登っていた先輩のYさんから、色々とアドバイスをいただいていたので、その内容も含めて)

・雄滝と滑滝の通過:上述のとおり、踏み跡の濃いラインを選ぶ限り、沢登りとしてはそれほど難しくはないと思う。逆に沢登りをやらない人にとっては、濡れている、少しヌメっている、などといった点で難しく感じるかもしれない。

・雪渓の有無:明らかに最も大きなポイントである。滑滝の手前にブリッジがあるなどの前情報があったが、9月末という時期が幸いし、雪渓はカケラもなかった。雪渓の有無や崩壊の程度によっては撤退を余儀なくされることもあるかと思うので、滝谷を遡行するなら適期は9月と考えたほうがよいのかもしれない。(ただし8月に来たことがないので何ともいえない)。雄滝、滑滝の登攀どころか、単なる沢歩きも雪渓次第でまったく違ったものになるだろう。当然ながら12本爪クランポン、バイルは必須。今回は雪渓の処理がまったくなかったことが、日帰りできた最も大きな要因であった。

・B沢とD沢の分岐:間違えやすいという分岐で、まんまとD沢に入り込んでしまった。大きなタイムロスにつながるので、ルートファインディングは慎重に行ったほうがよい。当たり前のことであるが・・。概念図どおりなので、特別難しいわけではない(のに間違えてしまったが)。

・落石:これはコントロールできないものではあるが、常に注意したほうがよい。C沢右俣で岩雪崩が起きたとき、もしC沢二俣にいたとしたら・・と考えるとぞっとする。付近のルートを登っているパーティがいるときなどは、本当に要注意であろう。また落石によるロープ切断はもちろんのこと、岩の鋭角や浮石によるロープ損傷の恐れもあるので、ロープの流れなどといった点も注意しておいたほうがよい。

・遡行であること:滝谷の下部は、きちんとした水流があるのは滑滝の上のゴルジュまでの、ごく短い区間に過ぎない。しかし、渡渉を躊躇したり、濡れヌメりを避けたりすると、途端に悪いアプローチになるだろう。今回は、寒さ対策も兼ねて、滝谷下部を沢登りと捉え、沢登りの装備で行ったため、そのあたりの不安はまったくなかった。時期やスタイルにもよるとは思うが、個人的には沢登りとして臨んだほうがよいと思う。

 

【行程】 

駐車場(3:05)~滝谷出合(5:05-5:30)~雄滝(6:10-7:45)~滑滝(8:20-8:45)~合流点(9:15)~誤ってD沢に入りB沢出合まで戻り(9:30-11:25)~C沢二俣(12:45)~第四尾根登攀(13:40-17:35)~稜線登山道(17:55)~涸沢岳山頂(18:50)~奥穂山荘(19:05)~白出沢出合(21:45)~駐車場(23:00)

 

【装備】

ダブル60m×1、アルミクランポン、ミニバイル、ハーケン薄刃4・アングル2、ULマスターカム0~5・キャメロットUL 0.75~2、クライミングシューズ

 

 【写真】

 雄滝全景。登山大系には80mとあるが、埋まったのであろう。

登攀は中間尾根の少しヌメった岩稜。小さめカムが有効。

f:id:Kakuremino:20181005232602j:plain

雄滝落ち口へのトラバース。踏み跡は明瞭。

落ち口から滝谷出合を見下ろす。

滑滝。名前と異なり、ヌメりはない。ヌメっているときもあるのかもしれない。

滑滝の上部の滝。

合流点。右にF沢。中間尾根を当初第四尾根かと誤認してしまった。

わかりにくいがD沢・B沢の分岐。左にちょっと写っているのがB沢出合の巨大CS。

C沢の登高。岩の墓場。2~3右岸から支沢が出合うが、二俣は明瞭である。

C沢二俣から第四尾根鞍部を見やる。

第四尾根鞍部からC沢二俣を見やる。

第四尾根取り付き。

Aカンテ。ガスが出てくる。

Bカンテ。

f:id:Kakuremino:20181005233500j:plain

Cカンテ。ガスの中の登攀。

6p目、ピナクルの脇でビレイ中、C沢右俣に岩雪崩の轟音が響いた。写真はC沢右俣を見下ろしたところである。

ツルムの懸垂点。ツルムの頭ではなく、頭を左巻きした下の懸垂点。

8p目のチムニー。

9p目の上部の傾斜の強いクラック。

トップアウトし、背後の空を振り返った。

稜線登山道から槍ヶ岳

夕闇に暮れなずむ涸沢の灯り。

暗闇に包まれつつある涸沢岳方面を臨んだ。

 涸沢岳山頂。

f:id:Kakuremino:20181005234834j:plain