732高地で右岸によく見えるのが旗振山だ。初めて見たとき感じるものがあって、その頭まで行ってみようと思っていた。大系によると右稜はかつて壁を登ったあとの下降路として使われていたという。確かに藪のラインは明瞭だ。取り付きから頭まで標高差約300m程度にすぎず、これなら労せず登れるだろと考えた。ルートは下半分はずぶずぶなルンゼ、短い草原を挟んで、上半分は急勾配な激藪だ。すでに人の足跡が消え去って久しい激薮は3回だけ一瞬途切れるポイントがあり、代わりに小さな露岩の登高がある。1つ目の露岩で、懸垂支点を見つけた。これが唯一見つけた残置だった。
たった1時間半なのにやけに長く感じた登高を経て頭に着くと、薮が思ったよりも低く展望がよい。さて、頭から北尾根のずっと向こうに座す阿弥陀山北峰を見やる。計画ではここからあそこまで縦走するつもりだったのだ。しかし、目の前の薮の斜面や尾根を、頭の中で立体化させた地形図にあてはめて再構成してみると、どう考えても縦走は却下だ。少なく見積もっても阿弥陀山まで4~5時間以上はかかるだろう。その行程すべてが藪漕ぎだ。下降もむろん藪漕ぎ・・。おそらく日没をすぎてなお藪を漕ぎ続ける必要がある。1時間だけ頑張ってみて、目処が立つか確認してみようか。いや、明らかにダメだね。諦める。
右稜の下降は登りよりもルートファインディングに一定の難しさがある。視界の効かない一歩先が垂直の崖だったりする。大系の言うように濃霧時や夜間は相当なリスクがあるだろう。慎重に確認しながら登りと同じルートで下降する。乾燥して鋭利になった枝が服の上から刺さって何箇所もミミズ腫れになる。露岩で2回の懸垂を経てルンゼに乗り換える。あとはガンガン落石しながら取り付きへ戻る。
732高地でダラダラとした時間を過ごしたあと、正面壁、将棋岩、陣幕状フェースといった旗振山南壁をいたずらに偵察してみる。将棋岩が最初に登られたのが何故なのか分かった気がした。他よりもプレッシャーが少ない見た目だからだ。
ところで、道中ずーーーっと取水堰堤から渓谷中に響く大音量で「堰堤から放水することがあるから川には入るな」と放送が鳴り響いていた。今日732高地に入っていたのは自分一人だったので、自分へ向けた放送だったのかしら。でも堰堤の上流にいる自分には関係ないぜ? これには水を刺された。
あと、旗振山の頭直下の藪登り中、男二人がなにかを話している声が何度も聞こえた。これには参った。思わず、やめい!やめい!と怒鳴った。昔の人のことはすごいと思っているけど、会いたいとは少しも思ってない。ただの空耳だったと思いたい今日この頃。
三峡パーク(6:50)~右稜取り付き(8:00-8:20)~旗振山の頭(10:00-10:40)~732高地(12:20)~将棋岩基部(13:10)~三峡パーク(14:35)
装備:ダブル30m、ハーケン・ハンマー
ルート☟