蝉ヶ平登山口(5:30)~湯沢(6:40-7:00)~本名穴沢(8:10)~トマノ左俣(8:40)~水晶尾根(10:15-15:40)~湯沢の頭(15:40-16:10)~起点戻り(19:30)
装備:ダブルロープ50m*2、補助ロープ20m、カム一式、ハーケン・ハンマー
ルート☟
吐いた息がヘッデンで白く照らされ霧消する。日出前の闇が明けていくのを感じながら、広谷川沿いの道をポケットに手を突っ込んで適当に歩いている。私の後ろには、私より10歳以上も歳が離れた3人の若者が歩いている。ふん、自分だって若いつもりだったけれど、本当に若い人と一緒にいるといかに自分が歳をとったか思い知らされ、うんざりする・・、わけだが、そんな若者たちが、孤独で隠微な歓びのために登っているアナーキーな私なんかと一緒に山に入ってくれるなんて、正直ちょっと嬉しくなって照れ笑いが込み上げてくるんだけど、次の瞬間には、その笑みは、生来からの自己肯定感が低い思考によって条件反射的に”お前ごときが”と自分自身に対する嘲笑いに変わる。照れ笑い、嘲笑いながら、先頭を歩き、朝日が湯沢のほうのどれかのピークを赤く染めるのを眺める。下らない妄想を弄ぶばかりの、愚かとしかいいようがない情緒不安定で楽しいお山人生である。
湯沢出合、別名スモヒラとやらでお支度して沢に入る。ゴルジュは念のためロープを出して左岸巻き。そうロープ出すんだよ。安全第一だろ? 僕がリーダーなんだから全部僕が決めるんだよ。
本名穴沢出合から、
トマノ左俣へ。
すると草付き混じりのスラブになる。簡単だけど失敗が許されない歩き以上クライミング未満の登りを、初心者をふくむ大切な若者たちにやらせる気にはまだなれず、左岸の藪をこがせる。藪漕ぎはきついかい? 振り返れば、2番目の沢ヤのSさんは難なくついてくる。3番目のIくんは筋骨隆々男子だが初心者で遅い。4番目でしんがりを努めてくれているYくんは山岳部出身だけあり早くはないが確実な動作である。いいだろう。スラブに出てちょっとだけ快適なスラブ登りをしてもらおう。分かっているだろうが、その後はまた藪漕ぎだからな?
右を見やれば本名穴沢のスラブ。
藪岩を粛々と上がるとやがて水晶尾根に乗ったらしい。目の前は5mくらいの小さな岩壁になり、また私がロープを引く。登りきると、小岩壁は一気に細く収束し、上はずーっとナイフリッジが続いている。ピッチをここで切るか、ナイフリッジをどんどん上がってから切るか、考える。Ⅳ級+くらいの5m。SさんとYくんは問題ないだろ。Iくんは・・、ラストにYくんがいるからフォローしてくれるよな? 面々を一瞥してナイフリッジを50mフルに伸ばして切る。
ナイフリッジの途中で浮石から松が生えてるようなボロい箇所があり、セカンドで上がってきたSさんに硬いポイントを指示する。Sさんが上手なのは分かっている。いい感じのナイフリッジだねぇ~と言い合う。サードのIくんが登り始めてからすぐ、ロープがビーーン、となる。あ? 落ちたらしい。Yくんから無線で「Iさんが落ちたけど大丈夫」と連絡が来る。そうか、彼はこれで落ちるのか・・、3秒だけ考えて無線を手に取り、意識して感情を爆発させて「落ちる前にクライムダウンするとかロープ登りするとかコントロールしろ!フリーのゲレンデじゃないんだよ!」と言ってみる。”やっちゃった顔”で上がってきたIくんを合流させ、ラストのYくんが登ってくる間、セカンドのSさんにナイフリッジの先を偵察してもらう。ここから先はロープを出さなくても進めそうだ。Iくんは落ちたショックで明らかに山に飲まれた感じになっている。「僕が一緒にいるから大丈夫だよ」と自分でも引くぐらいクサいセリフが口をついて出てくる。言った瞬間込み上げてくる自分に対する嘲笑いを飲み込む。Yくんが合流する。Yくんは最年少の20代だけど本当に頼りになるナイスガイだ。ロープに傷みがないかチェックしながら畳む。
誰もがここで水晶尾根の写真を撮りますよね?という構図の写真。
岩峰っぽく見える傾斜が強いポイントで、また50mフルでロープを出す。抜けるような青空に向かってスラコラ登る。これくらい簡単なのが僕はお好みですね、と皆におどけてみせる。
やがて「御神楽槍」とやらが迫る。また私がロープを引く。
トラバース気味に上がると残置ボルト。そこから素直にトップに上がってもよかったが、トラバースしていくラインを見出したので40mくらい横に伸ばし、2ピッチかけてトップに抜ける。
リスクのあるトラバースと、複数ピッチの効率的なロープワークをこのパーティでやっておきたかったのである。私がロープ1本引く⇒セカンドビレイでSさんにもう1本のロープを引いてもらいフィックス⇒サードのIくんはアセンダー・その間私は2ピッチ目を伸ばす⇒ラストのYくんはIくんがセカンドビレイ・その間私がセカンドビレイでSさんを登らせる⇒Iくんアセンダー⇒最後にYくんをセカンドビレイしてみんな合流。はっきり言って、ラストがしっかり者のYくんで助かったわ。
よきかなトラバース。
御神楽槍から湯沢の頭を見やる。もう13時半をまわっている。できればここからはロープ出さないで歩ききりたいなぁー。Iくんをちらりと見やる。僕がフォローすればきみはしっかり歩けるよな? 皆に飴を配る。Yくんから要りませんと断られる。オレの飴が舐められないのかー!と言って、皆にニヤッとしてもらう。
きみたちは御神楽の憧れの尾根を楽しんでくれているかい?
そこから途中で二か所やや危ないところを通過。一か所目、御神楽槍からもあそこは急だなーと見えていたギャップは、気をつけて登れば大丈夫。二か所目は、岩稜の切れ目を巻くための3歩くらいのトラバースで、長スリングで確保して越えてもらう。すると本名穴沢のスラブが近くなり、稜線通しは難しくなるため一度スラブに降りてトラバースし、再度稜線に戻る。どれも進むべきラインは明瞭である。それにしても本名穴沢のスラブ・・、魅了される・・。
水晶尾根の来し方を振り返る。
山伏の頭あたりから先は、ここまでラストの立ち位置でパーティ行動を支えてくれたYくんに先頭を歩いてもらう。道中では自分の好きなようにやっていて、最後だけYくんを担ぐなんて、クソみたいなエゴだと分かっているけど、サブリーダーたるYくんにピークを最初に踏んでもらおう。
湯沢の頭。もう15時半をまわっている。
下山路で・・。あのラインは山伏尾根。その向こうに本名穴沢のスラブ、そのまた向こうに今日辿った水晶尾根がある。のんびりと登山道を歩いていたら、股ずり岩とかいうナイフリッジのあたりで日が暮れ、闇のなかの下山となる。猛烈に腹が減って、Sさんからパンをもらった気がするが、自分のパンをあげた気もする。はっきり言って皆に気を使いまくって私はフラフラだ。湯沢出合で水をがぶ飲みして、またポケットに手を突っ込んで適当に歩いて車に戻る。
どうでもいいことだけど、磐越道に乗った瞬間「逆走車」がいるようで2時間も通行止めをくらった。皆を送って帰宅したのは翌朝5時だった。疲れ切って久々に廃人になった。
ところで下山後しばらく経って、ジムで一緒に登ったときに、Iくんが水晶尾根がいままでの山で一番楽しかったです、と嬉しい声をかけてくれた。30歳くらいで登山をはじめてから3年くらい。あんな尖ったリッジを歩いたことなかった、と。彼は山に対するモチベーションが溢れ出て爆発しちゃいそうなくらい熱心に登っている。なにもかもが新鮮なんだろうなぁ。それは、小さな子どものときから登山をしてきた私には、感じることができない新鮮さなのだろう、と思う。不遜とも言えるほどマイペースに生き生きした表情で山が楽しいと語るIくんに、おとなげなく、わずかながら嫉妬心を覚えた。
皆には安全で楽しいお山、深いお山をやれるようになってほしい。
だがな、きみたちがどれだけ山に登って腕前を上げようがな、私はまだまだ若いもんには負けんぞ?
おわり