隠レ蓑

お山の日記と、日々の懊悩

黒部別山・中のガビン沢 未満

黒部ダムの下ノ廊下側の出口から黒部別山南峰南面を見やる。何度となく見てきた風景だが、今までと全く違った具体的な造形が見える。予習してきたからな。あれを南峰と認識したのは今日が初めてである。そりゃ今までは足早に通過するだけだったもんね。だけど今日はそこに行ってみる。黒部別山って聞いただけで何だかえらく悪く感じるけど、中のガビン沢は「入門コースとして登るにはよい沢」らしいから、万年自堕落な俺が行ってもまぁいいだろ? ところが、歩き出すといきなり体が重い。朝、扇沢のバス待ちの大行列で疲れ切ったからだな。はっきり言って予想以上の大行列にドン引きだった。7時半の始発には乗れず8時に。俺は人混みが大の苦手なので、パートナーのOさんがいなければ正直帰っていたところだった。紅葉の色付きは稜線付近までで、下ノ廊下は未だ夏の残滓に満ちていたが、俺自身の状態は紅葉を過ぎて軽く枯れていた。いや長年行きたかった黒部別山を前にして昂揚してたか?

2年前に独り偵察で登った南東壁沢を通り過ぎ、第三尾根を回り込んだ後、2~3の小さな枝沢状のガレを過ぎると中のガビン沢である。場所は覚えていたので迷うことはないが、出合いといってもただの狭い登山道なので通行の邪魔になり、下ノ廊下登山の人にすみませんを連発しながらお仕度。さて行きましょう。遡行図には「左へとルートを」と記載してある。ゴーロを150mほど上げるとスラブ帯の基部に着く。白くてなかなか広い、よいスラブだ。左岸の第二尾根フランケを見上げると、その左肩が自然と目指すポイントに感じられる。Oさんとフリーでどんどん登った。スラブは時々草付きや凹角もあるが、ラインを選べばどこまでもⅢ~Ⅳ−程度だ。「左へとルートを」はいきなり忘れていた。フランケが眼前になり、ハタと気づいて左にトラバースし一番左の細い沢筋に乗った。そこから数分で沢は、・・なんと藪に埋まってしまった。一つ右側のほうが沢筋が太かったので、頑固なダケカンバを漕いで移動してみたが、同じことだった。

1150mから登り出し、1300mからスラブ、そしてここは1590m。どうやらここからずっと藪漕ぎらしい。 フワフワした気持ちでスラブを登ってきたが、ここで現実を知り思い悩む。黒部の藪漕ぎ、きついからな・・。今13時。稜線のP5まで3~4時間くらいかしら。でもルートを誤っていたらもっと時間がかかるだろうし、多分誤る予感がある。いやそうじゃないな。単純に言って、辛い藪漕ぎはしたくないなぁ。そういう気分。Oさんは俺次第で、行くも戻るも付き合ってくれるという。実によいパートナーだなぁ。俺のこだわり次第ってわけだ。きっと中のガビン沢を訪れた人の多くが、ここで行くか戻るか悩んだのではないだろうか?

フリークライミングの時代になった今日、沢登りは新たにそのスポーツ的尺度でも楽しまれている一方で、ここでは昔の色濃い、泥臭い登山が生きている気がする。遡行図に描かれたP5に至る1本の線、そしてそこから枝分かれした線。それらは中のガビン沢を隈なく藪漕ぎした先人の汗の印であり、俺はひそかに、ほんの少しずつでもいい、それを追体験したい、それを過去のものにしてはいかんと考えてきた。彼らのような体力も熱量も身に付かなかったが、最新で軽量なウエアやギアがある。ある程度はやれるだろ。とにかく、そう、何が何でもピークまで抜けるのだ。登山てそういうもんだろ。「そこから上は遡行価値がない」みたいなお気軽沢登りがやりたいなら、こんなところには来ない。などなど、上へ進もうとするための妄想は尽きない。

しなしながら、すでに完全お疲れモードの自分を再発見する。朝の行列。日々の疲れ、そうお山に集中する日常を送ることが全くできていない。心と体が充実していない今日この頃。下へ戻ろうとする事情もまた、尽きることがない。改めてOさんの顔を見る。Oさんははっきり言って下りたそうだ。いや俺が心根では下りたいと思っているから、Oさんのこともそう見えるのか? 時間は経っていくばかりだ。実は結論は最初から出ている。こういうお山はピークまで抜けたいのなら、そうする確たる強い気持ちがまず必要なのだ。それがない以上、下降するのが妥当だ。いたずらに結論を先延ばしにするのはここらへんで止めましょう。Oさんに、ここで下りて内蔵助谷出合いの真っ平なテン場で飲みましょう、と最初から思っていた一言がやっと出た。それで、思い焦がれてきた黒部別山の最初の旅・・中のガビン沢の旅は、登り2時間・下り1時間半という、ごく短く、そして淡白な「未満」の旅で終わることになった。

10/3~4 with Oさん

 

 

黒部別山南峰南面。
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中のガビン沢。ゴーロを登り出す。
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スラブ基部。右上に第二尾根フランケ。
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出合いが遥か眼下に。
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フランケを右に見る。
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撤退地点・・・。左の岩は岩屋になっていて、クマが越冬していると思われる。
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本来の「左のルート」を下降。歩き+懸垂5pでゴーロに下りた。
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秋へと移ろう下ノ廊下。
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10/3 黒部ダム(8:30)~中のガビン沢出合い(10:40-11:05)~1590m地点(12:55-13:25)~出合い戻り(15:10)~内蔵助谷テン場(16:40)

10/4 テン場(10:50)~黒部ダム(12:30)

装備:ダブル50×2、ハーケン・ハンマー、カムナッツ小さめ一式

ルート☟

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